妹はもういない。〜ＬＯＶＥセンチュリー番外編〜
「え？妹さんですか？」
私は亜依のお見舞いに来た院長の娘、なつみと話していた。
「そう。亜依と同じ歳くらいの・・・。亜依と同じ病気で・・・亡くなったわ・・・。」
まだ、裕子が高校に入ったばかりの事だった。
今まで入退院を繰り返してきた、中学に入ったばかりの妹の明日香。
ここのところ、発作の回数が多く、病状も思わしくない事から手術を視野に入れた入院をする事になった。
明日香が入院してから、裕子は毎日のように学校帰りにお見舞いに来ていた。
明日香はいつも窓の外を眺めていた。
「明日香？」
「裕ちゃん・・・。」
「また、窓の外見てたんだ・・・。」
「うん。まだね、外には出られないんだって・・・。」
「そっか・・・。」
少しの沈黙の後、明日香が先に口を開いた。
「私・・・。このまま、外に出られずに死んじゃうのかな・・・。」
「そんな事ないっ！明日香は元気になれる。明日香も外の子達みたいに走り回れるようになるよっ！」
「ほんとに？」
「もちろんだよ！」
裕子は知っていた。普通、明日香の病気の手術は成功率が高い。
しかし、明日香の体力が思ったより低下しているため、手術が成功するか分からなくなっていた。それでも裕子は奇跡を信じていた。
ある日、いつものようにお見舞いに行くと、病室から楽しそうな話し声が聞こえてきた。
覗いて見ると、昨日まで、空いていたベッドに女の子がいて、明日香と楽しそうに話していた。
「失礼しまーす。」
裕子は部屋に入っていった。
「あっ裕ちゃん。」
話を中断して明日香が振り返った。その女の子も振り返った。
大人しそうだけど、笑顔の可愛い女の子だった。
「裕ちゃん、この子ね、隣のベッドに入院してきた子なんだよ。」
「初めまして、市井紗耶香です。」
「あのね、紗耶香ちゃん、この人がさっき話した私のお姉ちゃんだよ！」
「初めまして。明日香の姉の裕子って言うの。よろしくね♪」
「はいっ！」
話し相手が出来たせいか、前に比べて明日香は明るくなった。
でも、たまに落ち込んでいる時がある。
紗耶香は比較的軽い喘息での入院のため、体力をつけるために、散歩へ出ることが多かった。
紗耶香が散歩に行くたびに明日香は「私も外に出たいなぁ・・・」と窓から紗耶香を見ていた。
裕子は医師に何度も外に出してあげたいとお願いに行ったがいつも答えは変わらなかった。
そんなある日、病室で明日香と紗耶香が看護婦さんに怒られていた。
「どうか、したんですか？」
「あっ、明日香ちゃんのお姉さん！実はね・・・。」
「ごめんなさいっ！反省してるからっ！」
看護婦さんの話を明日香は遮った。
その後、裕子は看護婦に呼ばれて、事情を聞いた。
明日香はいつも部屋にいてかわいそうだと、紗耶香が外に連れ出そうとしたらしい。
裕子は話を聞いて部屋に戻ると、さっき怒られていたのがウソかのように二人で話していた。
土曜日、今日は学校も午前中で終わる。
久しぶりに昼間に明日香に会いに行けそうだ。
ここのところ、外に出してあげることも出来ず、部屋に閉じこもりっきりなので、驚かせてやろうと、近くのコンビニとお菓子屋さんに寄り、自分のお昼ご飯と自分と明日香と紗耶香の分のシュークリームを買って、病院に向かった。
病院の入り口に差し掛かった時、向こうから紗耶香が走ってくる。
「裕子さーーーーーん！！」
「紗耶香ちゃん、どうしたの？」
「明日香ちゃんが・・・。」
「明日香がどうしたの？」
すでに、紗耶香は泣き出していて、涙が止まらない。
「泣いてちゃ分かんないよ。明日香がどうしたの？」
「・・・こっち・・・。」
紗耶香は、とりあえず裕子の手を引いて走り出した。
着いた場所は・・・手術室。
「紗耶香ちゃん・・・？」
「・・・ぁ・・・あのね・・・明日香ちゃん・・・外に出たいって・・・。」
「うん・・・。」
「だからね、一緒に庭に出たの・・・。」
「・・・看護婦さんには言った？」
紗耶香は横に大きく首を振った。
「ごめんなさい・・・。」
「・・・庭で何してた？」
裕子は、怒りもせず、優しく紗耶香を見つめて聞いた。
「・・・お花見たり・・・、蝶々追いかけてみたり・・・。」
「・・・そっか・・・。」
「・・・怒らないの・・・？」
紗耶香は、何も言わずに聞くだけの裕子を上目遣いで見た。
「うん・・・怒らないよ・・・。」
「どうして？私がちゃんとダメだよ、って言わなかったら、明日香ちゃんこんな事になってなかったと思うし・・・。」
「明日香は楽しかったと思うよ・・・。」
「・・・へ？」
「きっと、紗耶香ちゃんと一緒に外に出れて楽しかったと思うよ・・・。今まで、外で遊びたくても出ていけなくて・・・。凄く我慢してたと思うよ・・・。だけど、最後に紗耶香ちゃんと一緒に遊べてよかったと思うよ・・・。」
裕子の瞳からは、一筋の涙が頬を伝って落ちてくる。
「・・・最後？大丈夫だよ！明日香ちゃんは！」
「・・・分かってたの・・・。もう明日香の命は短かったことくらい・・・。」
「裕子さん・・・。」
裕子は、紗耶香をぎゅっと抱きしめた。
「・・・ありがとう、紗耶香ちゃん。明日香と友達になってくれて・・・。」
紗耶香は、すでに言葉にならないぐらいに泣いている。
「明日香はずっと病院にいたし、外でも遊べなかったから友達っていうのが、居なかったの。でも、最後にとても大切な友達が出来たと思う。ありがとう。」
何時間待っただろう・・・。
担当医師が手術室から出てきて「残念ですが・・・。」と言い残し、去っていった。
ずっと、病院で闘病生活を送って、苦しい日々を過ごしてきたと思うけど、最後にいい思い出が出来たと思う・・・。・
ただ一つ、裕子として後悔を残したのは・・・。
明日香と最後の一言を交わせなかったこと・・・。
霊安室に明日香の身体を移動させ、裕子はそこでじっと明日香の手を握りしめていた。
「明日香・・・苦しかったな・・・。何もしてあげられなくてごめんね・・・。」
「私も・・・寂しい・・・苦しい・・・。なんで、最後の時に明日香の側に居てあげられなかったんだろう・・・。」
「最後まで・・・寂しい思いばっかりさせてごめんな・・・。」
伝えられなかった言葉がどんどんと溢れてくる・・・。
それと同時に、体中の水分を全て流してしまうかのように、涙が零れ出る。
裕子は、一晩中明日香から離れなかった・・・。
次の日の早朝、紗耶香が霊安室に裕子を心配して覗きに来た。
「裕子さん・・・。」
「さぁ・・・紗耶香ちゃん。」
「一睡もしなくて大丈夫ですか？」
「・・・今まで、一緒にいてあげられなかった分、一緒に居れた気がする・・・。」
裕子は、明日香の顔を見つめる。
・・・もう、血の気は全くない。
青白い肌の色、紫色の唇・・・。
「何もかも綺麗なままや・・・。綺麗な少女のまま・・・。」
裕子は、明日香のすでにぬくもりのない唇に口づける。
「明日香・・・大好き・・・。最後まで守ってあげられなくて・・・ゴメンね・・・。」
「裕子さん・・・。」
「でも、明日香のためにこれから頑張るから・・・。明日香みたいな子を守ってみせるから・・・。」
「え・・・？」
紗耶香は、その言葉を不思議そうに聞いた。
「・・・私は、看護婦になって、明日香みたいな子を助けてみせる・・・。明日香に出来なかった分、他の人を明日香の二の舞にはさせない・・・。」
裕子が、夢に向かって歩み出す第一歩だった・・・。
「亜依ちゃん、おはよう」
「おはようございます・・・。」
「今日も天気がいいよ。散歩にでも行こうか？」
私は、部屋のカーテンを開けながら、亜依に言った。
外はとても天気がよかった。庭に出て行くと、仲良しの希美を始め、センチュリーランドのバイトダンサー達がお見舞いに来てくれていた。
亜依は、みんなと笑いながら話している。
私には亜依が明日香とダブって見えていた・・・。
そう、亜依の背中に・・・一瞬・・・羽があって・・・あの子が微笑んでいた・・・。